2023年シーズン、久しぶりに阪神タイガースの監督に就任し、一年でチームを優勝、日本一へと導いた岡田彰布さん。自身も現役時代は名選手でしたよ。
今回は、元プロ野球選手である岡田彰布さんの経歴や実家などについて紹介します。
岡田彰布の経歴
岡田彰布さんの現役時代から指導者になるまでの経歴を見ていきましょう。
実家は町工場
1957年に大阪市中奥区玉造の大阪紙工所という町工場の息子として生まれた岡田彰布さん。なんでもお父さんが阪神タイガースの有力後援者、実家がそもそもタイガースと縁深いところだったのですね。
自身も幼稚園児の頃から当時の阪神タイガースの主力選手とキャッチボールさせてもらうなど、野球に親しんで育った岡田彰布さん、若い頃から自然と野球選手を志すようになっていったのですね。
小学生から野球漬け
小学5年生の時に地元の少年野球チームに入団した岡田彰布さん。中学時代には中学野球大阪府大会で優勝を果たしています。北陽高等学校では甲子園も経験しましたよ。
高校卒業後は、ドラフト指名の話もあったとされていますが、結果的に岡田彰布さんは大学に進学。一般入試で早稲田大学に合格すると、野球部のセレクションで15打数14安打14本塁打という圧倒的な打棒を見せつけ、合格を果たしました。
大学野球での通算打率.379、通算打点81は未だ破られないリーグ記録。岡田彰布さんはまさしく大学野球の華形選手だったのですね。
6球団競合の黄金ドラ1として阪神タイガースに入団
大学での活躍をもって、岡田彰布さんは1979年のドラフトで当時史上最多の6球団から1位指名を受けることに。ルーキーイヤーから108試合に出場し、新人王を獲得した岡田彰布さんはその後も主に二塁手として活躍を重ねていきました。
岡田彰布さんの若い頃は髪型もリーゼントの時期があるなど、今とは随分と違う印象の容姿をされていました。甘いマスクにも定評があり、ファンからも高い人気を誇りましたよ。
現役晩年はオリックスでプレー
1992年、1993年と出場機会が減っていった岡田彰布さん。「体力の衰え」を理由にタイガースを自由契約となると、1994年からはオリックス・ブルーウェーブでプレーしました。1995年をもって現役引退となりましたよ。
プロ通算16年で1520本のヒット、247本のホームランを放った岡田彰布さん。キャリアでは二塁手として一度ベストナインとダイヤモンドグラブ賞に輝き、またオールスターゲームで2度MVPを獲得しましたよ。
現役引退後は指導者として活躍
引退翌年の1996年からオリックスの二軍助監督兼打撃コーチに就任した岡田彰布さんは、1998年には阪神タイガースに復帰。2000年から二軍監督専任となると、2003年に一軍コーチとなり、2004年から2008年までは一軍監督を務めました。2005年にはチームをリーグ優勝に導きましたよ。
2010年から2012年はオリックス・バファローズで一軍監督を経験。
そこから10年以上経った2023年シーズンに阪神タイガース監督として現場復帰を果たし、自身が選手として活躍した1985年以来38年ぶりの日本一を達成しました。
岡田彰布の家族は?
岡田彰布さんは1982年に一つ年下の一般女性と結婚されています。奥様との間にはお子さんを一人もうけられていますよ。
「岡田彰布の息子は医者」という噂もあったようですが、どうやらこの情報はガセ。2023年のタイガース日本一の際に息子さんがお祝いメッセージをメディアに寄せているのですが、そちらの情報によると息子、陽集さんは商社勤めのようです。
大阪大学を卒業し、商社に入社した陽集さんは、なんと現在ジャカルタ在住。2023年の時点で小学3年生の息子さんと1年生の息子さんがいらっしゃるようです。
【おめでとう!岡田ファミリー】阪神・岡田彰布監督の長男・陽集さん「僕も小さいときによく言われた」普通にしたらええんよー お孫さんは「チャンスマーチの曲もピアノでひけるようになったよ」 – サンスポ (sanspo.com)
最後に
今回は岡田彰布さんの経歴などについて紹介しました。
阪神タイガースの38年ぶりの日本一に、2023年の関西は非常に沸きました。二連覇への期待が高まる中、岡田彰布さんが今年どのような野球を見せるのかに注目です。